4月3日「日本橋開通記念日」朝の会、挨拶で使える雑学ネタ

今日は何の日?

読み上げるだけで朝のスピーチになる「台本代わり」の記事。
今日は何の日?日本橋開通記念日にまつわるお話を紹介します。
挨拶の時はできるだけゆっくり読み上げていくのがポイントですよ♪
さあ、今日もいってみましょう!

どうも、渋沢です

白虎さまがサポートしてやる

4月3日「日本橋開通記念日

1991年4月3日に東京の日本橋が木橋から石橋に架け替えられたことに由来しています。
最初の木造の日本橋は、江戸幕府の誕生で徳川家康の全国道路整備計画によって架けられ、1640年には全国に通じる五街道の起点として定められました。

今日は私が日本橋にまつわる話をしましょう

渋沢、ちゃんとタメになる話をしろよな

日本橋の名前の由来

日本橋は江戸の中心にあり、五街道の起点であることから、その名がつけられたと言われています。
他にも、日本国中の労働者が集まって橋が架けられたことに由来する説や、東の海から朝日が登るの望めることに由来するという説もあります。

普通なら「ニッポン」と発音するのですがね

二本の丸太で仮設橋を架けたから、工事夫が「にほんばし」って呼び始めたらしいぜ

日本橋は日本の中心

日本橋は江戸時代から日本の中心でした。
日本橋を起点にして様々な交易が行われており、江戸経済の中心的な役割を果たしていました。
現在においても国道の起点である「日本国道路元標(げんぴょう)」が設置されており、日本の道路の中心となっています。

日本国道路元標は当時の総理大臣である佐藤栄作が書いたのです

総理大臣ねぇ、俺のほうが偉いけどな

徳川慶喜(よしのぶ)の直筆

日本橋に設置されている銘板の字は、江戸幕府最後の将軍「徳川慶喜」によるものです。
徳川のお膝元だった日本橋に、江戸の空気を残すために使用されているのです。

徳川慶喜と言えば大政奉還で江戸幕府を終わらせた人物です

大政奉還ってのは政権を朝廷に返上した出来事だな

慶喜の字が銘板に残されている深い理由

江戸から明治へ変わる時、慶喜が屈辱に耐えながらも負けを認め、明治政府に降伏をしたことで、多くの血が流れることを避けられました。
そのことに感謝の意を込め、当時の東京市長が慶喜の字を日本橋の銘板に残そうと提案をしたのだそうです。

以上、「日本橋」にまつわるお話でした♪

今日もお付き合いありがとうございました

おう、またな!

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